ここでは鼠径ヘルニアについて説明していきます。
鼠径ヘルニアとは
まずは鼠径ヘルニアについて簡単に説明します。
鼠径ヘルニアは、一般的には「脱腸」という名称で知られているかもしれません。
加齢や手術の影響で、鼠径部(太ももの付け根)にある内鼠径輪という構造が開大したり、筋膜(筋肉の周りにある膜)が弱くなったりすることでおなかに小さな穴ができ、その穴から腸や脂肪が外に出てこようとします。
鼠径部にポコッと膨隆ができるだけで、痛みがなければ絶対手術が必要な状態ではありませんが、嵌頓する(穴に腸がはまって抜けなくなってしまう)と、腸に血流がいかなくなり、緊急手術が必要な場合があります。
緊急手術の場合、後述するメッシュを入れる手術ができなくなる可能性があるため、嵌頓症状が出る前に手術することをおすすめします。
鼠径部切開法
これは従来の方法で、鼠径部を直接切開してヘルニアを修復します。
鼠径部を5~6cm程度切開し、奥に向かって進めていくと、ヘルニア嚢(鼠径ヘルニアを構成する袋)が確認できます。
袋の根元にはヘルニア門(ヘルニアが出てくる穴の部分)があり、最近ではヘルニア門をメッシュで覆うことでヘルニアを修復する術式が多く取り入れられています。
メッシュをヘルニア門の内側・外側どちらに敷くか、ヘルニア門のところに詰め物のようなものを入れるかどうかなど、施設によって手術の細かい方法はありますが、概ねやっていることは同じです。
部分的な麻酔でも可能な手術であるため、心臓や呼吸状態などの問題で全身麻酔ができない場合などもこの術式を選択することはあります。
腹腔鏡手術
これは腹腔鏡を用いて鼠径ヘルニアを修復する方法です。
へそと左右側腹部の合計3か所に小さな傷を作り、そこにポートと呼ばれる筒を通して腹腔内に二酸化炭素を入れ、おなかをドーム状に膨らまして手術を行います。
おなかの中からヘルニア部分を見ると、おなかに小さな穴が開いているように見えます。
鼠径部切開法でメッシュでヘルニア門に蓋をしたように、腹腔鏡手術ではヘルニア門の内側にメッシュを敷くことで修復します。
メッシュがおなかの中に露出して、腸と付着したり、腸によってメッシュが動かされるといけないので、ヘルニア門の周りの腹膜という膜を1枚はがし、ヘルニア門の周りに広くスペースを作ってメッシュを敷きます。
メッシュを敷いたら、先程はがした腹膜をもとに戻して、メッシュと腸が接しないようにして修復します。
また、鼠径ヘルニアは自覚症状がないこともあるので、おなかの中から観察した際に、手術する予定ではない反対側のヘルニアがたまたま見つかることもあります。
場合によっては、たまたま見つかったヘルニアもついでに治してしまうということもあります。
合併症
いずれの手術も、「ヘルニア門を確認して、その前後どちらかにメッシュを敷く」ということを行います。
鼠径ヘルニアの手術で起きうる合併症はいくつか挙げられますが、僕が説明している内容を一部紹介します。
- 出血
- 感染(創感染、メッシュ感染)
- 精管損傷
- 慢性疼痛
- 漿液腫
- 再発
出血
出血は言わずもがな。
出血が0の手術はあり得ません。
ただ、鼠径ヘルニアの手術においては、そこまで出血リスクが高い手術ではないです。
感染
創感染もどの手術においても言えることですが、鼠径ヘルニアにおける感染で重要なのはメッシュの感染です。
鼠径ヘルニアの手術でメッシュを入れる、整形外科手術で人工関節を入れる、心臓血管外科で人工血管を入れるなど、手術で体内に人工物を留置する手術の場合、人工物が感染を起こすと厄介です。
手術は極力無菌で行いますが、何かの理由で菌がメッシュに付着することで感染を起こしてくることがあります。
抗生剤を使ってもなかなか感染がコントロールできなかったり、症状がよくならないときはメッシュを除去する場合があります。
メッシュを除去すると、ヘルニアが再発しやすい状態になるので、感染が落ち着いたタイミングで再手術をすることもあります。
精管損傷
基本的に鼠径ヘルニアは男性に多い疾患です。
女性に起きないというわけではないですが、解剖学的な差により男性の方が発症する率は高いです。
鼠径部切開法でヘルニア門、ヘルニア嚢を探すときや、腹腔鏡手術で腹膜を剥離する際に、「精管」という精子が通る管の近くを操作します。
鼠径ヘルニアの手術において一番といっても過言ではないくらい、手術中に気にする臓器ですが、精管を損傷してしまった場合、射精障害や男性不妊の原因にもなりかねません。
慢性疼痛
メッシュを体内に敷くと、一部の方は違和感やチクチクとした痛みが持続するという症状を言われることがあります。
なるべく神経には当たらないように、痛みが出ないようしわにならないように留置しても、人の感じ方は様々なので、どうしても痛みを感じてしまう方はいます。
メッシュが身体になじんでくると痛みが治まってくる方もいますが、3か月、半年、1年と症状が変わらず、生活にも支障が出るような場合には、内服治療やブロック注射などを行うこともあります。
漿液腫
前提として、けががをすると浸出液が出てくるのと同じように、手術をした部位にも浸出液は出てきます。
鼠径ヘルニアの手術の際、ヘルニア嚢をすべて除去できる場合もありますが、あまりにヘルニア嚢が大きいときには袋の先端を残してメッシュを敷いてくることもあります。
袋の先端を残すように手術した場合、術後にその袋の中に浸出液が溜まり、あたかも鼠径ヘルニアが再発してきたのではないかというような膨隆を形成することがあります。
ただし、出血や感染による浸出液でなければ、きれいな浸出液は基本的には自然に体内に吸収されていくので、数週間、数か月経過観察することが多いです。
むやみに穿刺して排液することは、感染を引き起こすことがあるためあまり行いません。
再発
再発を合併症というくくりにするのはおかしいかもしれませんが、手術の説明をするときに、僕は鼠径ヘルニアの手術を受ける方には、
「1か月程度は自転車をこいだり、屈伸運動を何度もすることはなるべく控えてください」
という言葉をお伝えしています。
再発する原因としては、もちろん術者の腕やメッシュの敷き方など様々ありますが、やはりメッシュがずれると再発するリスクが高くなります。
メッシュを留置すると、少しずつ身体の組織がメッシュと一体化してきて動きにくくなります。
手術してすぐはメッシュが比較的ずれやすい期間ではないかと思っています。
手術のときにメッシュは身体の一部に固定してきますが、完全に固定できるわけではありません。
股関節の動きに負けてしまって、メッシュがよれたりめくれたりしてしまうこともあると思います。
なので、メッシュが身体になじむまで(正確にどれくらいの期間かはわかりませんが)は股関節の動きを制限できるならしてもらう方がいいのではないかと思っております。
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